高嶋ちさ子が高島兄弟とテレビ共演して語った両家の確執とは!?

美人バイオリニストとして有名な高嶋ちさ子さん。テレビへの出演回数も多く、色々な番組で見かける機会も多いかと思います。

そんな高嶋ちさ子さんですが、実は先日、高島兄弟の政宏さんとテレビ共演を果たし、両家の確執について語りました。…一体どんな確執があったのでしょうか?

高嶋ちさ子と高島兄弟の関係は?

この確執の話に入る前に、血縁関係を整理しておきましょう。まず高嶋ちさ子の父親・弘之さんと高島兄弟の父、高島忠夫さんは兄弟です。ですので、高嶋ちさ子さんと高島兄弟はいとこということになります。ちなみに高嶋ちさ子の母親は薫子さんで、高島兄弟の母親が寿美花代さんです。

現在でこそ、両家の親戚関係は何年も断絶したままだ、と言われるほどになってしまいましたが、ちさ子が幼いときには、まだ両家も交流があったそうです。

高嶋両家の確執のきかっけは?

両家に溝が生じた原因については、金銭感覚のズレが理由であると指摘する声が芸能関係者の間では多かったようです。

「ちさ子さんの父親は音楽業界では有名でも、サラリーマンですからね。兄の忠夫さん一家とは収入も生活のレベルも違います。」(関係者)

小さい頃から、高島兄弟の家に遊びに行くことが多かったちさ子。高島家は忠夫さん、寿美花代さん共にテレビスター芸能人です。それはそれはセレブな家庭だったでしょう。

幼心に家の大きさの違いとか、使われている肉質の違いだとか、おやつに高価なメロンが出てくることとか、生活のレベルの差に、ちさ子のほうも、“うちと違う…”という気持ちが大きくなっていったんだとか。

そんな中、両家の溝を深める出来事がありました。

「寿美花代さんは思ったことをそのまま口に出してしまう性格らしく、知らず識らず相手を傷つけていることがあったそうです。」(関係者)

それは、ちさ子が6歳の時のことでした。ちさ子がバイオリンを始めたことを聞いた寿美花代は「バイオリンはお金がかかるのに大丈夫なの?」と経済的な面での疑問を口にしていたそうです。寿美花代に悪気はなかったようですが、ちさこ一家にしてみれば、上から目線の余計なお世話だったでしょう。それがきかっけで両家は次第に疎遠になっていったそうです。

しかし、両家の確執になったきっかけは他にもあったようで…。かつて、ちさ子の父・弘之さんは確執ができたきっかけについて、次のように語っていました。

「……きっかけといえば、母の介護問題かな。兵庫県で暮らしていた母が、うつ病になったので、’98年に東京の医療施設に入れたんです。でもこのとき母の介護方針を巡って兄とひどい口論になってしまって……。兄貴は昔から穏やかだったから、兄弟げんかなんかもしたことがなかったのにね」

当時、高島忠夫さんは重度のうつ病を発症していた時期でもありました。そういうこともあり、うまく意思疎通がとれなかったのかもしれませんね。弘之さんは、忠夫さんの病気への配慮もあり、なかなか会う機会がなくなってしまったそうです。

高嶋ちさ子と高嶋政伸のテレビ共演で明かされた両家の確執とは!?

高嶋ちさ子は、高嶋政伸さんはテレビで共演した際、両家の確執について次のように語っていました。

「たぶん、ウチの母がいけないんだと思う」

神戸にいた祖母は、ちさ子の母・薫子さんの計らいで、普通は入院できない良い病院に入院していたそうです。そんな折、ちさ子の兄が結婚することになったのですが、この時、薫子さんは子供の結婚式に祖母を参加させようとしていました。しかし、祖母としては体調もよくないし病院からあまり出たくないと考えていたのです。

結婚式に祖母を出席させたがる薫子さん夫婦に対し、忠夫さんは「おばあちゃまの気持ちも考えろ」と反発。これに対して、薫子さんが「誰のおかげで病院に入れたのかしらね」と応酬。これがきっかけで両家は仲違いの状態になってしまい、顔を合わせることがなくなってしまったとのことでした。

高嶋ちさ子が高島兄弟とテレビ共演して語った両家の確執になります。

ちなみにちさ子いわく、「いとこ同士は確執どころか、政宏とめっちゃ仲いい」と言っていました(笑)

なおこの番組には、弘之さんも出演し、両家の確執のこと、また兄・忠夫さんへの思いを語っていました。きっと以前のような確執はなくなりつつあるのかもしれませんね。